2002年(ネ)第4815号謝罪及び損害賠償請求控訴事件
控訴人(一審原告) 程 秀 芝 外179名
被控訴人(一審被告) 日 本 国
第6準備書面
2004年5月25日
東京高等裁判所第2民事部 御中
控訴人ら訴訟代理人
弁護士 土 屋 公 献
同 一 瀬 敬 一 郎
同 鬼 束 忠 則
同 西 村 正 治
同 千 田 賢
同 椎 野 秀 之
同 萱 野 一 樹
同 多 田 敏 明
同 池 田 利 子
同 丸 井 英 弘
同 荻 野 淳
同 山 本 健 一
はじめに
最近、本件細菌戦裁判の被控訴人日本国に対する本件請求に関連する、いわゆる戦争賠償問題で新たな動きが活発化している。
一つは、中国・韓国などのアジア諸国において、細菌戦被害、強制連行・強制労働、軍隊慰安婦等、日本政府に対する戦争賠償を求めるうねりが継続し、かつ再高揚している。
2004年にはいり、中国や韓国で連続して被害者への賠償を求める国際会議等が開催された。また、中国の細菌戦被害地である浙江省、湖南省において、被害者、住民、学者、大学生の戦争賠償を求める集会が連続して開催されている。こうした動きは、来年が戦争終結から60年の節目になるため活発化している。この点については、後記第1で詳述する。
もう一つの動きとして、日本国内においても、裁判所に、日本政府に対する戦争賠償を求める判断の前進が起きている。すなわち、本年3月26日、新潟地方裁判所第1民事部は、戦前の強制連行・強制労働事件において、国の責任を認め、賠償を命ずる判決を下した。この点は、後記第2で詳述する。
第1 中国・韓国などのアジア諸国において、日本政府に対する戦争賠償を
求めるうねりの再高揚
1 中国各地での細菌戦被害への謝罪と賠償を要求するうねりは、原判決の
認定の中途半端さに由来している。
すなわち、原判決は、「本件細菌戦による被害は誠に悲惨かつ甚大であり,旧日本軍による当該戦闘行為は非人道的なものであったとの評価を免れない」(42頁)と正しく事実を認定しながら、「法的な枠組みに従って検討する限り」違法はないとして原告の請求を棄却した。その一方で、原判決は、「本件細菌戦被害に対し我が国が何らかの補償等を検討するとなれば,我が国の国内法ないしは国内的措置によって対処することになると考えられるところ,何らかの対処をするかどうか,仮に何らかの対処をする場合にどのような内容の対処をするのかは,国会において,以上に説示したような事情等の様々な事情を前提に,高次の裁量により決すべき性格のものと解される。」と判示して、国会が裁判所の事実認定を前提に本件細菌戦被害に対する補償を高次の裁量により決すべしと、司法が独自に判断できるにもかかわらず、責任を回避し国会に責任を預けた。しかし、国会は、立法の動きはない。
こうした原審の認定の中途半端さに対して、被害者をはじめ中国各地の広範な人たちが立ち上がっているのである。起こるべくして起こった状況である。
控訴人らは、第1準備書面で、この判決の中途半端さを鋭く指摘した。すなわち、「細菌戦被害者が日本に求めた謝罪と賠償は正義そのものである。被害者たちにとって、謝罪と賠償を否定した原判決は不正義そのものである。
原判決が犯した間違いは深刻である。細菌戦を裁く最初の裁判が、逆に『第二の細菌戦』となったことを裁判官たちはよく知るべきである。」と指摘していたとおりである。今、中国各地で、澎湃と巻き起こっている。
2 2004年2月14日、中国・上海市で、「細菌戦裁判原告弁護団共同
会議」が開かれた。同会議には、各地の控訴人約20名と弁護団4名の他に、中国各地(浙江省、湖南省、内モンゴル、山西省)の細菌戦被害者、マスコミ、研究者、中国弁護士、各地の支援者も参加し、合計80名が参加した。
中国での被害調査を進めることを確認した。
3 2004年4月以降、中国の細菌戦被害地である浙江省、湖南省等にお
いて、被害者を中心として地元住民から、細菌戦被害等の戦争被害に対し、謝罪と賠償を求める集会が連続して開催されている。
4月2日、湖南省の湖南文理学院のグランドで、学生1万名が集会を行い、日本政府に対し@細菌戦被害者への謝罪と賠償等を求める、A小泉首相の靖国神社参拝に抗議する、B釣魚台へ上陸した住民の逮捕連行に抗議する、との決議を行った。
4月9日、江西省の江西師範大学で、学生200名が細菌戦被害者の講演会に集まり、日本政府に謝罪と賠償を求める決議を行った。
4月24日、25日、浙江省杭州市で、中国国内の一流の学者40名が集まり、「歴史問題と戦争賠償問題」に関する学術会議が開かれた。
4月26日、義烏市内で浙江省の原告大会が開かれ、80名以上の原告が浙江省各地から集まった。前記学術会議に参加した北京や黒竜江省の学者5名が参加し発言した。
5月8日、江西省の上饒師範大学の学生200名が、細菌戦被害者の講演会に集まり、日本政府に謝罪と賠償を求める決議を行った。そこには、学長・副学長も参加した。
5月14日、南京市の航天大学の学生400名が、細菌戦被害者の講演会に集まり、日本政府に謝罪と賠償を求める決議を行った。
5月15日、16日、インターネットサイトで戦争賠償問題につて活動している40名が集い、戦後補償裁判に関し、広範な支援、調査活動の報告、意見交換が行われた。
また、浙江省、湖南省では、細菌戦調査委員会の調査活動が地道に継続されている。さらに、江西省、山西省、山東省、内モンゴルにおいても、細菌戦被害の調査活動が開始された。
4 2004年5月21日、22日にわたり、韓国・ソウル市において、
「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会ソウル大会」が開催された。これは、2002年に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌に各国が参加して同趣旨の討論会を行い、その際の合意に基づき、翌2003年9月に中国の上海において、「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会」を発足させ、これを第1回大会としたものであり、今回のソウル大会はその第2回大会に当るものである。
ここには、第1回同様、韓国、北朝鮮、中国、台湾、フィリピン、アメリカ及び日本の7地域から合計400人を越える人々が参加して、証言と討論を行い、声明文を採択し、日本が侵略戦争と植民地支配を通じて行った数々の非人道的行為の精算を行うことなしには、アジアの平和は築き得ないとの共通認識のもとに、日本政府に謝罪と賠償をさせるための具体的実践を誓い合ったのである。
5 このように、日本の軍国主義による被害国民の声が益々大きくなり、さ
らに広い国際杜会からも既に数え切れないほどの勧告が繰返されているのであって、これらを無視することは決して許されない。
日本の敗戦後、来年2005年が満60年になるというのに、いまだに日本政府は恥ずべき歴史を振り返ろうともせず、心からの謝罪も賠償もせず、逆に過去の罪を隠し通そうとし、ことに右翼勢力に同調して歴史を歪曲し、戦争を美化する動きすら見せている。これはまことに卑劣で愚かな態度である。
しかも、日本はアジアの一員であるにも拘わらず、遠いアメリカの僕となり、軍事カを益々強化してついには海外派兵を行い、再びアジアに大きな脅威を与えている。平和は、軍事カでは決して築くことはできない。平和は、侵略国が過去の罪を余すところなく告白して、国家として心の底から謝罪し、被害国や被害者個人に対する賠償を果たして宥しを乞い、信頼を取り戻してこそ、確実に得られるものである。しかもそのコストは、軍事に要する費用をはるかに下回るとされている。
原告ら代理人一同はいずれも日本人であり、日本の国土とそこに住む人々を愛するが故に、日本政府をして一日も早く正しい道を選ばせるべく、本訴訟を遂行しているのである。
第2 新潟地裁2004年3月26日判決にみられる戦争賠償を認める判断の前進
1 本年3月26日、新潟地方裁判所第1民事部は、戦前の強制連行・強制
労働事件において、国の責任を認め、1人800万円合計8800万円の賠償を認めた画期的な判決を下した(以下、「新潟地裁2004年3月26日判決」という。甲501)。
中国人らに対する強制連行・強制労働は、戦前、日本国が国策として行ったものであるが、法律上・人道上とうてい許されない悪質な事案である。
新潟地裁2004年3月26日判決は、法律上・人道上許されない悪質な事案であると言う点に着目し、後記2ないし4のとおり、@国家無答責の法理を適用を否定し、A日中共同声明等による個人賠償請求権の放棄の主張を否定した。
この判決は、国の関与と事案の悪質性について、具体的に認定し、現在
の法体系の価値観で、戦前の国の行為を裁いたもので、妥当で画期的な判決である。本件細菌戦に関しても、重要な視点を提起しているといわねばならない。
本件訴訟の細菌兵器の実戦使用は、当時から、法律上・人道上許されていなかったということでは、中国人らに対する強制連行・強制労働と類似する点は極めて多い。
新潟地裁2004年3月26日判決の判断に基づけば、本件細菌戦被害に関して、@国家無答責の法理は適用されず、A日中共同声明等によっては個人賠償請求権を放棄したとは認められないと判断されるべきであると思料する。
以下、本件細菌戦被害に関する各論点について、新潟地裁2004年3月26日判決の論旨に沿って、整理する。
2 国家無答責の法理について
(1) 本件細菌戦被害に関する控訴人らの主張
控訴人は、第1準備書面20頁以下で、@国家無答責の法理の確立は認められない、A本件細菌戦は、「適法な公権力行使権限」に基づかず「国家無答責の法理」は適用されない、B「国家無答責の法理」は外国での外国人に対する権力作用には適用されない、Cハーグ条約の国内法化によって「国家無答責の法理」は排除され適用されない、D「国家無答責の法理」は一法解釈にすぎず、現在の法解釈に基づき裁判すべきと論じ、国家無答責の法理は、本件細菌戦には適用されないと主張した。
とくに、53頁以下で、上記D「国家無答責の法理」は一法解釈にすぎず、現在の法解釈に基づき裁判すべきと、次のように主張した。
国家無答責の法理は、司法裁判所の管轄外であるために司法裁判所としては適用法条を欠くという訴訟手続法上の理由が根拠となっていたにすぎないともいえるのである。
そうであれば、日本国憲法の下においては、行政裁判所が廃止され、訴訟が司法裁判所に一元化されている以上、国家無答責の法理を適用する根拠は全くなく、また、国家の賠償責任について現時点での法解釈に基くことに何の支障もないと言わなければならない。
細菌戦は、一般市民の大量殺戮を狙うものであること、戦闘行為終了後においてもその潜在的破壊力ゆえに2次流行、3次流行を引き起こし、長期間にわたって地域社会全体が伝染病の発生・蔓延の危険にさらされる。このような前例のない残虐な非人道的行為が、国家無答責の法理をによってその責任が問われず、被害者が救済されないことは、「正義公平の原則」に著しく違背する。
裁判所は、現在の日本国憲法の価値原理に基づいて法解釈を為し、現時点の法原理に適合する結論を導かなければならない。
(2) 新潟地裁2004年3月26日判決の判示
新潟地裁2004年3月26日判決は、国家無答責の法理について、「戦前においては,行政裁判所法が『行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セス』と定め(同法16条),司法裁判所も国による公権力の行使に関連する行為については民法の不法行為に関する規定を適用しないとしており,司法裁判所及び行政裁判所ともに国の公権力の行使に関連する不法行為に基づく損害賠償請求を受理しなかったため,そのような請求を行うことはできなかった。」(88頁)と国家無答責の法理が存在したことは認めた上で、「しかし,このようにして,国に対する損害賠償請求を否定する考え方自体が,行政裁判所が廃止され,公法関係及び私法関係の訴訟の全てが司法裁判所で審理されることとなった現行法下においては,合理性・正当性を見出し難い。」と判示して、現行法での適用について合理性・正当性を否定する。
とくに、「また,国の公権力の行使が,人間性を無視するような方法(例えば,奴隷的扱い)で行われ,それによって損害が生じたような場合にまで,日本国憲法施行前,国家賠償法施行前の損害であるという一事をもって,国に対して民事責任を追及できないとする解釈・運用は,著しく正義・公平に反するものといわなければならない。」と判示し、人権侵害の甚だしい場合には、著しく正義・公平に反するとして、国家無答責の法理の解釈・運用を否定する。
中国人らに対する強制連行・強制労働に関する国の関与について、「本件は,被告国が政策として,法律上・人道上およそ許されない強制連行・強制労働を実施したという悪質な事案であり,これに従事した日本兵らの行為については微塵の要保護性も存在しない。また,前記認定事実8のとおり,被告国は,強制連行・強制労働の事実を隠蔽するために,外務省報告書等を焼却するなど極めて悪質な行為を行っているのである。」と判示し、国の責任を明確に認定する。
そして、結論として、「このような事情を総合すると,現行の憲法及び法律下において,本件強制連行・強制労働のような重大な人権侵害が行われた事案について,裁判所が国家賠償法施行前の法体系下における民法の不法行為の規定の解釈・適用を行うにあたって,公権力の行使には民法の適用がないという戦前の法理を適用することは,正義・公平の観点から著しく相当性を欠くといわなければならない。」と判示し、国家無答責の法理の適用を明快に否定する。
(3) まとめ
本件細菌戦は、後記4のように、国際法に違反し、かつ人道上許されない悪質な事案であり、被控訴人国が組織的関与して細菌戦を行い、戦後は徹底的に証拠隠滅をはかったことに着目すると、新潟地裁2004年3月26日判決の論旨にしたがえば、国家無答責の法理が適用されないことは明白である。
3 日中共同声明等について
(1) 本件細菌戦被害に関する控訴人らの主張
控訴人は、第1準備書面74頁以下で、日中共同声明等によっては、被控訴人の国家責任が国際法上決着したとはいえないと主張した。
国家が個別の同意なく、個人のもつ賠償請求の権利を放棄できるはずがないことは、あえて多言を要しないところである。
この当然の道理を、1992年4月、江沢民国家主席は、日中戦争時の民間被害については、相互に協議して条理にかなう形で妥当に解決すべきであることを主張してきた旨発言した。さらに、1995年3月9日、中華人民共和国銭副首相兼外相は、日中共同声明における戦争賠償請求の放棄には、「個人の賠償までは含まれない」、賠償の請求は個人の権利であり、中国政府は干渉すべきでないと明言した。
当然の道理であるが、この銭副首相兼外相の発言によって、個人請求権がいささかも放棄されていないことは確定していると考えてよい。原判決も、日中共同声明によって個人の請求権まで放棄されたといっているわけではないのである。
(2) 新潟地裁2004年3月26日判決の判示
新潟地裁2004年3月26日判決は、日中共同声明等による個人賠償請求権が消滅するか否かについて、「@中華人民共和国と中華民国との関係からして,両国との間の問題は,明確に分けて別個に検討されなければならないこと,A『日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。』という日中共同声明5項の文言上,中華人民共和国が個人の被害賠償まで放棄したとは直ちには解し難いこと,B戦争による国民個人の被害についての損害賠償請求権という権利の性質上,当該個人が所属する国家がこれを放棄し得るかどうかにつき疑義が残る上,日中共同声明の署名にもかかわらず,中国国民は戦争被害について何らの補償,代償措置を受けていないこと,C前記認定事実9(2)のとおり,中国要人が,日中共同声明により中国が個人の被害賠償まで放棄したと認識しているとは必ずしもいえないこと(特に,認定事実9(2)オ(ア)bの銭外交部長〔当時〕の発言)などに鑑みれば,日本政府の認識の如何にかかわらず,中国国民個人が被った損害についての被告国に対する損害賠償請求権,特に,安全配慮義務違反という債務不履行に基づく損害賠償請求権までが,日中共同声明によって放棄されたとは解し難い。」(104頁)と判示し、個人賠償請求権が中華人民共和国により放棄され、消滅したという主張を明快に否定する。
(3) まとめ
本件細菌戦は、後記5のように、国際法に違反し、かつ人道上許されない悪質な事案であり、被控訴人国が組織的関与し、戦後は徹底的に証拠隠滅をはかったことに着目すると、新潟地裁2004年3月26日判決の論旨にしたがえば、日中共同声明等によって個人賠償請求権まで放棄したとは考えられないことは明白である。
4 本件細菌戦の特徴と個人賠償請求権の存在
(1) 本件細菌戦が国際法上許されない悪質な事案であること
原判決が認定するとおり、本件細菌戦は、当時、細菌兵器の実戦使用を禁止したジュネーブ・ガス議定書を内容とする国際慣習法に違反した悪質な事案である。
すなわち、旧日本軍731部隊などの細菌戦部隊は、細菌戦によって、明らかに軍事的拠点でもなく、また軍事的目標も存しない中国の普通の一地方都市や農村に対して、戦闘機からペスト感染蚤を投下せしめ、あるいは地上で謀略的な手口をもちいてコレラ菌入りの食物を食べさせるなどして、平穏に暮らす中国の民衆を大量に虐殺したのであった。
このような集団殺害行為は、当時から国際法上の人道に対する罪に該当し、また現在の国際法上の概念ではジェノサイドにも該当するものである。
細菌兵器は、少量が使用されても大きな破壊力を有する潜在力をもっている。その破壊作用は長期間にわたり、一度おさまっても、再び三度流行することもある。
細菌兵器がこうした大量破壊兵器であるため、当時から、国際法上禁止されていたのである。
(2) 国家の組織的関与による実行と証拠隠滅
本件細菌戦は、陸軍中央の指令により行われた。しかも、極めて軍隊という組織的計画的行為として実行されたものである。
すなわち、本件細菌戦を行った旧日本軍731部隊等の細菌戦部隊は、陸軍中央の指令により、軍医を集めて秘密部隊として中国各地に創設された。かつ、国家予算を与えられ、細菌兵器の製造施設を建設し、長期にわたり日本の憲兵隊が連行した中国人等を生体実験の材料とし細菌兵器を開発製造し、中国各地で細菌兵器を実戦使用した。
こうした、一連の行為は、国家の組織的関与によって初めて実現したものである。
細菌の大量培養による細菌兵器は、第一次世界大戦中、ドイツで開発が着手されたが、細菌兵器の本格的な開発、製造、実戦使用を行ったのは日本軍の731部隊などの細菌戦部隊がはじめてである。それだけ、被控訴人国の国家責任は重大である。
しかも、被控訴人国が自ら作成した731部隊関係文書を廃棄処分して証拠と事実の隠蔽を図り、国会等公の場においても細菌戦の事実を認めない。細菌戦の生証拠である井本日誌も、裁判でも開示しないという徹底した証拠隠しを行った。
(3) 本件細菌戦の被害の重大性
細菌戦がもたらす被害の特徴は、その無差別性と致死率の高さにある。731部隊の用いた細菌兵器は、致死性の高いペスト菌またはコレラ菌である。これらの細菌が引き起こす病気は激しく、長期間流行する。一家族、一地域の大半が全滅する例が多い。
さらに細菌戦のもたらす被害の特徴は、伝播により被害範囲がどんどん拡がるということにある。被害範囲は、人や鼠の蚤を介した病原菌の伝播により、直接の攻撃対象地区にとどまらず、周辺の地域にどんどん拡がり、戦闘とは全く無関係の一般住民をペストやコレラなどの疫病に感染させ、その地域一帯に疫病を大流行させた。
(4) まとめ
以上(1)ないし(3)のとおり、本件細菌戦が国際法に違反し、かつ人道上許されない悪質な事案であり、被控訴人国が組織的関与して細菌戦を行い、戦後は徹底的に証拠隠滅をはかったことに着目すると、新潟地裁2004年3月26日判決の同様に、@国家無答責の法理を適用を否定し、A日中共同声明等によって個人賠償請求権まで放棄したとは考えられないことは明白である。
以 上
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