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[第一審判決] 2002年8月29日(木)朝日新聞(社説)
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目を背けてすむのか
過去の歴史から目を背けることは、もうそろそろやめなければならない。731部隊訴訟に対する国の態度に、改めてその思いを強くする。
第二次大戦中に旧日本軍の731部隊が中国大陸でおこなったとされる細菌戦をめぐり、東京地裁が、日本政府に賠償を求めた中国人原告らの訴えを退けながらも、細菌戦を歴史的事実として認める判決を言い渡した。司法として初めての判断だ。
原告本人や元隊員、日中両国の研究者の証言をもとに、当時の陸軍中央の指令によって、731部隊がペスト菌を感染させたノミを空中に散布したり、コレラ菌を井戸にまいたりして、多数の住民を殺傷した事実を認定したのである。
当時からすでに、実践で細菌兵器を使うことは国際法で禁じられていた。判決も「細菌戦の被害は誠に悲惨かつ甚大で、旧日本軍の戦闘行為は非人道的なものだったという評価を免れない」と批判した。
ところが、奇妙なことに、裁判で国は、731部隊が細菌戦を展開したかどうかについて、肯定も否定もしなかった。事実の存否は棚上げにして、日本には賠償責任がないという法律論に終始した。
政府はこれまでも、731部隊に関しては国会などで「具体的な活動状況を確認できる資料は存在しない」と述べ、知らぬ存ぜぬを決め込んできた。
しかし、国家が、それほど遠くない過去の重大な行為について放置するのは許されまい。事実をはっきりさせないのは、国民に対して無責任だ。近隣諸国にとどまらず諸外国から、いっそうの不信の目で見られるだろう。
生物・化学兵器や核兵器の拡散を防ぎ、根絶する国際的な取り組みを進めていくことは焦眉の課題となっている。だが、過去の細菌戦の事実すら自らの手で明らかにできないようでは、日本政府が生物兵器の禁止をいっても説得力に欠ける。
政府は早急に、731部隊の活動の実態を調査し、資料を公表すべきである。国会が独自に調査をするのもよい。
調査のかぎを握るのは、占領期に米軍が接収した731部隊の関連文書だ。米側関係者によると、すでに日本側に返還されているのに、政府はそうした資料はないという。これもおかしな話だが、米国や中国の協力も得て、人体実験や細菌戦の真相を明らかにすべきだ。
この資料は、731部隊幹部の極東軍事裁判での免責と引き換えに米国が入手したともいわれる。そうした歴史の陰の部分も含めて検証すべきなのは言うまでもない。
事実と責任の所在を自らの手で明らかにしたうえで、賠償を求める人々にどんな救済が可能なのかを考えていく。それが、まっとうな国のあり方だろう。
過去を正視してこそ未来がある。問われているのは、日本という国家そのものだ。
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