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[関連事件・毒ガス判決] 2003年10月1日(水)東京新聞
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毒ガス判決
司法が迫った戦後処理
毒ガスを放置したことの賠償責任を認めた判決は、戦後処理に対する日本政府の姿勢を揺さぶる。国際社会における共感と信頼を得るために、“負の遺産”の清算を急がなければならない。
ものごとは光の当て方によってまるで違った姿を見せることがある。高みから当事者双方の主張を聞いて機械的に法律を当てはめるだけの裁判官と、悩み苦しむ人たちを救う道を懸命に探る裁判官では、同種訴訟でも結論が違ってくる。
中国大陸に旧日本軍が遺棄した毒ガスによる被害をめぐって、さる五月の判決が国側勝訴、二十九日の判決が被害者側勝訴と対照的になった基盤は事件に取り組む裁判官の姿勢の違いといえよう。
今度の判決で裁判官の温かい人間性が端的に表れたのは「除斥」に関する判断である。被害発生から二十年以内に賠償請求しないと請求権が自動的に消滅するこの制度を「この事件で適用するのは著しく正義、公平の理念に反する」と拒否した。
反対に不条理に対する怒りは激しい。一九七二年の国交回復後も、毒ガス撤去はおろか、中国に情報提供して被害を防ぐ努力もしなかった日本政府に「わずかの正当性も認められない」と言い切ったことにもそれは表れている。
「日中共同声明で中国は戦後賠償の請求権を放棄した」と主張する政府は、被害に対する一定の支払いを認める場合でも、賠償や補償という形では応じられないとの建前にこだわる。それが救済を遅らせる。今年八月に黒竜江省の建設現場で起きた毒ガスによる事故も、金額や名目をめぐり対立が続いている。
被害は戦後六十年近くたっても後を絶たず、毒ガス問題は「現在進行形の戦後処理問題」である。政府は被害の現実を直視し、解決を急ぐよう司法に迫られた形だ。
問題処理にあたって留意すべきは国家のメンツや建前にこだわらず、毒ガスを遺棄した旧日本軍の行為を率直に反省し、正義や人としての尊厳の確立に最重点をおいて対応することである。
化学兵器禁止条約の発効を受けて行っている日中合同の回収作業もスピードアップしなければならない。回収済みはまだ四万発程度で全体の一割にも達しないという。
条約が求める二〇〇七年までの回収廃棄は不可能と分かっているのだから、中国政府と協力して被害防止策を強化することも必要だ。遺棄されている可能性のある場所をすべて公表して注意を呼びかけることなども検討すべきだ。
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