農安および新京のペスト流行において七三一部隊によって分離されたペスト菌の細菌学的研究も、上記の疑いを補強する。細菌感染症の疫学では、流行に関与すると思われるさまざまな材料から細菌を分離し、それらの菌がもっている性状を比較し、相互の関連を調べるのである。分離された菌が多いほど、また、調べる性状の種類が多いほど、また、それら性状の一致率が高いほど、相互の関連は緊密になり、感染源が一つに絞られて行く。
農安および新京のペスト流行から分離されたペスト菌は、人からの分離株、ネズミからの分離株、ノミからの分離株あわせて一〇一株が、「糖分解性状」だけでも二一種類について全て一致し、しかも、七三一部隊で保存している強毒ペスト菌株の性状とも完全一致した。疫学的には感染源と感染経路と患者という点が線で結ばれることになる。七三一部隊で保存している強毒ペスト菌株による人為的流行であった疑いが消えない。
ペストノミの強靭性についての研究は、強靭性の指標として回転数(重力に対する抵抗性)を用いている。これらの実験の目的が、著者のいうペストの防疫の研究よりも、ペスト保有ノミを細菌兵器として実用化するための実験であると考えるほうが自然であるようにも思える。
七三一部隊ではペストの予防の研究(ワクチン)は行われているが、治療に関する研究はみられない。前述した牧中佐の言う、細菌戦にとって大切な「攻撃と予防」が研究の中心だったのであろうか。
前ページ
|